小さな船外機屋さんの地図

2020年5月12日火曜日

届きました。THOR MONTGOMERY WARD SEA KING 1938 2.4hp

投稿日: 2012年10月30日 作成者: product1125
同じTHORとは、燃料タンクが小さく、薄いです。
とりあえず、分解までしませんが、船外機の状態のチェックです。
パーツは全部揃っています。
非常にシンプルです。単純にガソリンタンクから燃料が流れてきて、エンジンの負圧でキャブレターで混合させて噴射する。
エンジンケースなどは、スチールの板を変形させて、ボルトで挟んで締める。



1937 Thor Outboard Single

投稿日: 2012年10月30日 作成者: product1125
Thor Outboard 2.4HPは、ビンテージのエンジンの世界ではいくらで売られているか?
貴重なものなのかを見てみたい。
僕が落札したシリアルナンバーより倍のナンバーで、なお、ガソリンタンクのキャップが無い状態なのに、45千円位でネット上で販売されておりました。
Thor Factoryの写真も掲載
1937 Thor Single – $450.00
2.4 hp, Serial Number S10554
This one is a rare find. The Cedarburg Manufacturing Company that made Thor outboards was in business for only 4 years, and there were just a mere 1,325 Thor Singles made in 1937. Due to their low price ($42.50 for the single), Thor outboards had some initial sales success. However, most Thor’s were quickly abandoned or scrapped due to their odd looks and poor reputation for reliability. With the exception of a gas tank cap and steering bar, the engine is complete and has great potential for a truly unique restoration. It does have compression (62 psi) and spark – the potential is there for this one to be a runner!

937トールシングル– $ 450.00 2.4 hp、シリアル番号S10554 これは珍しい発見です。 Thorの船外機を製造したCedarburg Manufacturing Companyは、4年間しか事業を行っておらず、1937年に製造されたThorのシングル数は1,325にすぎませんでした。低価格(シングルの場合は42.50ドル)で、Thorの船外機は最初の売り上げに成功しました。しかし、ほとんどのトールは見た目が奇妙で信頼性の評判が悪かったため、すぐに放棄または廃棄されました。ガソリンタンクのキャップとステアリングバーを除いて、エンジンは完成しており、真にユニークな修復が可能です。圧縮(62 psi)とスパークがあります。これがランナーになる可能性があります。








Thor Outboard 2.4HP 1938

Thor Outboardの2.4HPをついに落札。
このエンジンは、マーキュリーの創始者であるCarl Kiekhaeferが、まだ、マーキュリーのブランドを立ち上げる前に買取った会社のエンジンです。
なぜか、アメリカの人たちはマーキュリーのブランドが大変好きみたいです。
ジャンク品でも関わらず、落札は2万円位です。破格の値段です。
これは、マーキュリーの歴史を語る上では絶対避けて通れないエンジンなのです。
ボーナスも近いから、この時に落札しないともうチャンスがないと思って入札しました。
Mr. Thorwald Hansenは、1935年2.4hp1シリンダーを販売開始、1936年に2.4hp1シリンダーと4.8hp2シリンダー、1938年に2.4hp1シリンダー、4.8hp2シリンダー、6hp3シリンダーを販売したのです。
しかし、3シリンダー6hpで失敗しました。
動かないエンジンがたくさん発生し、工場に数百台ありました。
1938年に若き技術者であるCarl Kiekhaeferが現金で買取って、工場に残っているエンジンを修理して販売したのです。
もともと、Carl Kiekhaeferは、船外機を製造して販売するつもりは全く無かったんです。
Mr. Thorwald Hansenから、どうしても現金が欲しくて買取って欲しいと頼まれたそうです。
1939年には、Thor OutboardのブランドによりKiekhaeferモデルが販売されました。これがたくさん注文が来ました。これにより、Kiekhaefer氏は、独自のマーキュリーのブランド立ち上げるのです。
Thor Outboardは、この年に歴史が終わります。
1940年には、Kiekhaeferがマーキュリーのブランドを立ち上げ、K1、K2、K3と製造販売をしました。また、SEA KINGのブランドとして通販会社であるMontgomery Wardsから販売、大量に注文が来ました。簡単に言うとOEMですね。
そして、1940年からマーキュリーの歴史が始まります。
Thor Outboard Motors
The Thor Outboard Motor was the creation of Mr. Thorwald Hansen. Prior to developing his outboard motor, Mr. Hansen was vice President of manufacturing for A.O. Smith Corporation, a company that manufactured automobile frames.
In 1934 he founded Cedarburg Manufacturing Company located in Cedarburg, Wisconsin. The Thor outboard was unique, in that it was mostly made from stampings. The crankcase down to the lower unit, were all made from stampings. Most halves were nut and bolted together, although some were welded.

The use of these 1/8 inch steel stampings in stress areas actually made the outboard very strong. The use of mild Steel for ease of production, caused early corrosion in fresh water and obviously accelerated in salt water. It is believed that, these early signs of rusting caused concern with potential customers.

In 1938 Thor produced the first inline 3 cylinder outboard, called the “Thor Pyramid Three”. The Thor outboard had some other issues, over and above the corrosion problems. These could all have been over come, but as with so many small companies financial difficulties caused Mr. Hansen to sell the company in 1939.

The Cedarburg Manufacturing Company was sold to Carl Kiekhaefer for 25,000. Mr. Kiekhaefer was a young engineer and had intended to use the facilities for manufacturing electrical devices.

Upon take over of the factory, Mr. Kiekhaefer found several hundred Thor outboards that had been returned from Montgomery Wards as being defective. Needing cash, he rebuilt and improved these outboards and convinced Montgomery Wards to try them again.

Montgomery Wards was so impressed with improvements, they placed another large order with Mr. Kiekhaefer. Like they say, life turns on a dime. It was this order from Montgomery Wards that caused Mr. Kiekhaefer to enter the outboard motor field.

In 1939 Kiekhaefer manufactured a single, alternate twin and the inline 3 cylinder with the Thor brand name. Using material and tooling that was still in place. He renamed the factory the Kiekhaefer Corporation.

In 1940 Mr. Kiekhaefer had totally redesigned the Thor outboard. He took the name of the Roman Messenger of the Gods and named his new outboard Mercury . He continued to manufacture outboards for Montgomery Wards under the “Sea King” brand and also under the brand name Mercury.

The production of the Thor outboard motor and history ends in 1939. This story picks up with production history of Mercury.

Hard core parts for these outboards are getting more difficult to find as time goes on. Many older outboards used common Ignition and Carburetor venders for that period. Discount Marine Parts has Ignition and Carburetor repair kits for most all of these older outboards. If we don’t have what your looking for, we have many sources to locate your part. Obviously some parts are just not available. We can sometimes find it used and often we have the part made if there is enough demand. Discount Marine Parts has a large inventory of parts for most brands of American made Outboards, Inboards and Sterndrives. We also have most parts and service manuals available.

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トール船外機
トール船外機は、ソーヴァルト・ハンセン氏の創設でした。船外機を開発する前は、ハンセン氏はA.O.の製造担当副社長でした。
自動車フレームを製造する会社であるスミスコーポレーション。 1934年にウィスコンシン州シーダーバーグにあるシーダーバーグ製造会社を設立しました。

トールの船外機はユニークで、ほとんどがスタンピングで作られていました。下のユニットまでのクランクケースはすべてスタンピングで作られていました。ほとんどの半分はナットとボルトで固定されていましたが、一部は溶接されていました。
これらの1/8インチスチールスタンピングを応力領域で使用すると、実際に船外機が非常に強くなりました。
生産を容易にするために軟鋼を使用すると、淡水中で早期腐食が発生し、明らかに塩水中で促進されました。
これらの錆びの初期兆候が潜在的な顧客に懸念を引き起こしたと考えられています。

1938年、トールは「トールピラミッドスリー」と呼ばれる最初の直列3気筒船外機を製造しました。トール船外機には、腐食の問題に加えて、いくつかの他の問題がありました。
これらはすべて終わったかもしれないが、非常に多くの中小企業と同様に、財務上の困難により、ハンセン氏は1939年に会社を売却した。
 シダーバーグ製造会社は25,000ドルでカールキークヘーファーに売却されました。
 Kiekhaefer氏は若いエンジニアであり、電気機器を製造するための設備を使用するつもりでした。
工場を引き継ぐと、Kiekhaefer氏は、Montgomery Wardsから返送された数百枚のトール船外機に欠陥があることを発見しました。
現金が必要なため、彼はこれらの船外機を再構築して改善し、モンゴメリーワードにもう一度試すように説得しました。
 モンゴメリーワードは改善に非常に感銘を受け、キークヘファー氏に別の大きな注文を出しました。

彼らが言うように、人生は10セントに変わります。キークヘーファー氏が船外モーターフィールドに入ることになったのは、モンゴメリーワードからのこの注文でした。

 1939年に、Kiekhaeferはシングル、代替ツイン、およびトールのブランド名のインライン3シリンダーを製造しました。まだ使用されていた材料と工具を使用します。
彼は工場の名前をKiekhaefer Corporationに変更しました。
1940年、キークヘファー氏はトールを船外に完全に再設計しました。
彼は神々のローマの使者の名前を取り、彼の新しい船外水星を命名しました。
彼は引き続き「Sea King」というブランド名とMercuryというブランド名でモンゴメリーワードの船外機を製造しました。

トール船外機の製造と歴史は1939年に終了します。この話は、マーキュリーの製造履歴とともに取り上げられます。
これらの船外機のハードコアパーツは、時間がたつにつれて見つけるのが難しくなっています。多くの古い船外機は、その期間に一般的なイグニッションとキャブレターのベンダーを使用していました。

ディスカウントマリンパーツには、これらすべての古い船外機用の点火およびキャブレター修理キットがあります。
探しているものが見つからない場合、パーツを見つけるための多くの情報源があります。
明らかに、一部の部品は入手できないだけです。私たちは時々それが使われるのを見つけることができます、そして、十分な需要があるならば、しばしば我々は部分を作っています。
ディスカウントマリンパーツには、アメリカ製の船外機、船内機、船尾ドライブのほとんどのブランドの大量の部品在庫があります。
ほとんどの部品とサービスマニュアルもご用意しています。 立ち寄ってくれてありがとう、また来てね!






THOR SEAKING 2.4hp 1936・1938

1938年製は、入手してから10年近く経ちますが、今回初めて分解整備をします。

1936年製と1938年製のそれぞれのMagnettoは、全く別物です。結果、どちらかが予備パーツという扱いではなく、それぞれ分解整備及び再生をして行きたいと思います。





2020年5月11日月曜日

THOR SEAKING 2.4hp 1936燃料パイプ完成

真鍮パイプを曲げて燃料パイプを自作しました。


自作した燃料パイプを取付中にタンク側の取付ネジが剥がれたので、再度半田付けして、燃料が漏れないようにJBウエルドで接着しました。



2020年5月1日金曜日

YAMAHAPC-3 ヤマハ釣りボートCM

ヤマハP-3の後にPC-3が発売されました。その時の「ヤマハ釣りボート」のCMです。

1963年 PC-3とは、
燃料タンクカバーの特徴的なカラーリングと丸みを帯びた形状で「ヤマハの黄帽子」と呼ばれ、水辺の景色を一変させたP-3の後継モデル。沿岸漁業に携わるユーザーの声を丹念に収集し、軽さ・扱いやすさ・始動性によって瞬く間にユーザーの信頼を獲得したP-3の製品コンセプトを継承。その品質と信頼性をさらに高め、後にヤマハが船外機の世界トップメーカーへと駆け上がるための礎となったモデル。

エンジン型式: 空冷, 2ストローク, 単気筒, 64cm³

最高出力: 2.6kW(3.5PS)/ 4,500r/min





YAMAHA P-3 誕生



1960年、ついに製品として船外機が完成した。月産200台を想定して「P-7」として発売し、ここにヤマハ船外機の歴史が始まる。
 しかし、「P-7」は決して優れた船外機とはいえなかった。特に音と振動がはげしく、「実際に使用した漁師からは“音がよく出る。さすが楽器屋が創った船外機”とからかわれたこともあった」と、当時の技術者は苦笑をまじえて振り返る。
 ヤマハ製の船外機が本格的に市場で受け入れられたのは、「P-7」を発売した翌年(1961年)の11月に発売した、空冷63cc単気筒3馬力の「P-3」である。動力化が浸透し始めた業務市場では3馬力が最も多く使われており、そのニーズに合わせて開発した。
 エンジンの耐久性と耐蝕性を主眼に開発された「P-3」は摩耗性に優れ、シリコンを混入させた独自開発のアルミ合金を使用。国産の船外機としては初めてダイキャストを採用し、さらに軽量・コンパクト化を推し進めたほか、始動性や操作性にもこだわった。
 まったくの手探りによる開発だった「P-7」に比べ、「P-3」は市場での評価をダイレクトに反映させ改良させた機種で「市場密着型」の第一歩といっても良い。発売後もヤマハの技術者たちはクレームがあれば自ら真っ先に市場に駆けつけて販売店の声を聞き、またユーザーの声にも真摯に耳を傾け、その後の製品の改良につなげていった。
 当初は他社モデルが多かった日本の漁村にも、次第に「P-3」が導入されると、その使いやすさからたちまち評判となり、千葉県外房のある漁村では、わずか1年でヤマハの船外機が港を埋め尽くしたと言われている。当時、漁師を始め船外機ユーザーからは、女性スタッフがデザインした黄色のカウリングを帽子に見立てて、「ヤマハの黄帽子」と呼ばれていた。

               「マリン事業60年の歩み」より抜粋